沿革(年表)

沿革(年表)

明治16年(1883年)7月当社創業者である森田正作は明治16年7月30日、和歌山県伊都郡山田村大字山田で父 圓之助、母 フサヱの長男として誕生(7月30日)
明治40年(1907年)4月森田正作が大阪市南区北炭屋町19番地(現在の大阪市中央区西心斎橋1丁目12番11号)に森田正作個人経営による火防協会を創業し、陸軍陣営消火器および消毒喞筒(ポンプ)の製造販売を開始(4月23日)
明治43年(1910年)5月日本で最初のガソリンエンジン付消防ポンプを創作し、消防業界の機械化に一石を投じる
明治45年(1912年)-大阪市南区北炭屋町8番地(現在の大阪市中央区西心斎橋1丁目8番9号~11号辺り)に工場を新設し、ガソリンポンプの製作に着手
明治45年(1912年)10月火防協会から森田製作所に商号変更、代表者 森田正作
明治45年(1912年)-4サイクル、2気筒、12馬力の発動機を創作、純国産の森田式ガソリンポンプ第1号を完成させ、福井県丸岡消防組に納入
大正06年(1917年)-シャシを輸入してポンプ架装した当社第1号の国産消防ポンプ自動車を完成させた
大正07年(1918年)3月個人経営を会社組織に変更し、大阪市西区池山町4番地(後に大阪市港区八雲町5丁目17番地に呼称変更/現在の大阪市南区弁天6丁目1番街区~港区波除6丁目4番街区辺り)に工場を新設し、資本金100万円の(株)森田製作所を設立。初代社長に名和陽一、専務取締役に森田正作が就任(3月20日)
大正07年(1918年)-ロータリーギヤーポンプの製作を開始
大正08年(1919年)5月日本初の「災害防止博覧会」が東京教育博物館で開催され、当社は自動消防ポンプを出展(5月4日)
7月森田式ウェアレス・ロータリーポンプの専売特許第65286号を得たほかイギリス、アメリカ、フランス、ドイツなどの万国特許を獲得
大正09年(1920年)1月ガソリン・エンジンの高速化に伴い、タービンポンプの研究製作に成功し、第1号を福井市に納入。
大正10年(1921年)2月本社営業所を大阪市南区久衛門町1番地(現在の大阪市中央区西心斎橋2丁目15番1号)に移転。
大正10年(1921年)2月東京出張所を東京市日本橋区馬喰町2丁目5に開設
大正11年(1922年)3月3月10日~7月31日まで東京・上野公園、不忍池畔で開催された「平和祈念東京博覧会」において当社のガソリン喞筒が金牌を受賞
大正11年(1922年)4月森田正作は消防車研究視察のため欧米へ6か月間渡航し、ドイツ・ベンツ自動車(株)の東洋総代理店の権利を獲得。ベンツはしご自動車の普及に努め、同社との技術提携の結果、森田式消防機械器具の品質は飛躍的に向上した(4月18日)
大正13年(1924年)3月ドイツ・ベンツ製のシャシに消防自動車ボディ(タービンポンプ)を架装し、岡山市役所に納入(3月25日)
大正13年(1924年)11月「代表国産品展覧会」において閑院宮殿下の一覧を賜る(11月10日)
大正13年(1924年)-ドイツ・ベンツ自動車(株)のはしご自動車を輸入し、東京警視庁に3台納入
大正14年(1925年)3月本社を大阪市西区池山町4番地に移転
大正14年(1925年)3月大阪の天王寺公園並びに大阪城において1か月半にわたって開催された「大大阪記念博覧会」に消防ポンプを出展(3月15日)
大正15年(1926年)4月4月1日~5月31日まで大阪市南区八幡町で開催された「電気大博覧会」において森田式ウェアレス消防ポンプが金牌を受賞
昭和03年(1928年)1月経済界混乱の余波に禍されて、事業縮小のやむなきにいたり、同時に大正製麻(株)が経営に参加
昭和03年(1928年)6月日本で初めて放水量毎分1,000ガロン(3,785ℓ)の高性能消防ポンプ自動車を開発し、大阪府に納入、天覧の光栄に浴した(6月3日)
昭和04年(1929年)11月創業者である森田正作が大阪市港区音羽町において死去(享年47歳)(11月8日)
昭和07年(1932年)7月新たに業況の拡大を図るため株式会社森田ガソリン喞筒製作所(当社、現 株式会社モリタホールディングス)設立。前会社の事業を継承、初田勝治が二代社長に就任。(7月23日)
本店所在地 大阪市西淀川区浦江南2丁目11番地
(現在の大阪市福島区鷺洲1丁目11番街区辺り)
工場所在地 大阪市南区八雲町5丁目17番地
(現在の大阪市南区弁天6丁目1番街区~南区波除6丁目4番街区辺り)
資本金10万円(そのうち払込済資本金は5万円)
昭和07年(1932年)10月本店を大阪市西淀川区浦江南2丁目11番地から工場所在地の大阪市港区八雲町5丁目17番地に移転(10月1日)
昭和08年(1933年)4月福岡市下小山町5番地に福岡営業所を開設
昭和08年(1933年)11月伸長60尺(18m)の木製はしご付消防自動車を開発し、第1号車を広島県呉市被服工廠に納入。これが日本で製造された初めてのはしご付消防自動車
昭和11年(1936年)4月名古屋市中区古渡町5丁目29番地に名古屋出張所(現 名古屋支店)を開設
昭和14年(1939年)5月宇治川電気(株)が経営に参加
昭和14年(1939年)9月商号を(株)森田ガソリン喞筒製作所から森田喞筒工業株式会社に改称。取締役会長に林 安繁が就任(9月15日)
昭和16年(1941年)6月鋳造品技術の重要性を鑑み、鋳造工場を大阪府布施市高井田中2丁目18番地に開設(敷地300坪 建坪200坪)
昭和17年(1942年)12月西尾種熊が三代社長に就任(12月10日)
昭和18年(1943年)4月(株)藤井商店が経営に参加(4月21日)
昭和19年(1944年)6月大阪市南区八雲町の本社工場は太平洋戦争勃発後、民需のほか陸海軍の軍需が激増し、陸軍軍需品本省、海軍航空本部の管理工場となった。そのため大阪市生野区腹見町2丁目33番地(現在の大阪市生野区小路東5丁目5番20号)の工場を買収、生野工場とし消防用各種ポンプの製作専門工場に(6月1日)
昭和20年(1945年)6月大阪市第2次空襲により大阪市南区八雲町の本社工場は全焼、本社および本社工場を生野工場へ移転し、生野工場を本社工場とした
昭和20年(1945年)8月終戦(8月15日) 当社は数名の従業員を残して全員解雇を断行するのやもなきにいたった。鋳造工場を一時閉鎖
昭和23年(1946年)3月大阪市生野区大友町3丁目32番地に(株)森田喞筒サービス工場が設立される(3月24日)
昭和23年(1946年)5月森田喞筒工業(株)30周年記念式典を開催〔大正7年3月20日(株)森田製作所設立から30年〕(5月7日)
昭和23年(1946年)9月森田喞筒工業労働組合結成。初代組合長 寺山房二(9月25日)
昭和24年(1949年)7月特別経理会社の指定を受ける 従業員の自力更生に徹する不屈の努力により会社再建される
昭和24年(1949年)10月仙台市名掛丁114番地に仙台出張所(現 仙台支店)を開設
昭和24年(1949年)12月55フィート(16.7m)機械式金属はしご付消防自動車(3連式)を開発し、第1号車を東京消防庁に納入
昭和25年(1950年)4月日本初の100フィート(呎)〔30m級〕全自動機械式金属製はしご付消防自動車(4連式)を開発し、第1号車を大阪市に納入(4月7日)
昭和26年(1951年)5月鋳造工場再開設
昭和26年(1951年)8月本店を大阪市南区八雲町5丁目17番地より仮事務所である大阪市生野区腹見町2丁目33番地へ移転(8月6日)
昭和26年(1951年)8月藤井正次郎が四代社長に就任(8月6日)
昭和27年(1952年)-消防自動車の動力取出装置を考案
昭和28年(1953年)1月当社で考案した日本最初の森田式MS型真空式糞尿汲取車(バキューム車)を(株)森田喞筒サービス工場で製作・販売開始
昭和28年(1953年)9月日本初の放水塔自動車を開発。最高伸長19.6m(地上高15m)・最大放水量2,500ℓ/分、放水塔自動車を開発し第1号車を大阪市に納入(9月21日)
昭和28年(1953年)-ポンプ効率向上のため二次元のポンプ羽根から三次元のポンプ羽根(斜流型インペラー)への改良に成功
昭和31年(1956年)4月大阪市で開催された第2回「日本国際見本市」へ業界初の森田式消防ポンプ自動車を出品し、好評を博した
昭和31年(1956年)4月放水量毎分10,000ℓに及ぶ超大型シリース・パラレル切替可能なボリュートポンプを開発し、東洋一を誇る大阪市の消防艇「明光丸」に装備(4月25日)
昭和32年(1957年)11月藤井三郎が五代社長に就任(11月18日)
昭和32年(1957年)12月12m(2連式)油圧駆動式はしご付消防自動車を開発し、第1号車を広島県呉市に納入
昭和35年(1960年)4月油圧式の昇降機(リフター)をはしご本体上に取り付けることに成功
昭和35年(1960年)9月消火器事業分野に進出のため、(株)波多野製作所から消火器の製造権および営業権を取得
昭和35年(1960年)10月損害保険協会寄贈の16mスノーケル車(屈折はしご付消防自動車)は当社が日本で初めて開発・製作に成功し、その第1号車を大阪市に納入。同車の出現が日本の立体消防機械化に一大革新をもたらした
昭和36年(1961年)3月森田喞筒工業(株)から森田ポンプ(株)に商号変更し、社マークを同時に変更(3月1日)
昭和36年(1961年)6月大阪府布施市高井田中2丁目34番地(現在の大阪府東大阪市高井田中2丁目3番26号)所在の土地、工場を買収、高井田工場とし、本社工場における製作部門の一部製造を同工場に移すとともに各種消火器および消火薬剤の製造を開始。量産体制が出来上がった
昭和36年(1961年)9月化学泡消火器の型式取得〔泡8.8ℓ(転倒式、鉄製)〕し、10月より販売を開始
昭和37年(1962年)8月タイ向けスノーケル車2台、タンク車179台、普通車104台、計285台の輸出を完納
昭和37年(1962年)10月富山市田地方69番地に名古屋営業所の管轄下に属する富山出張所(現 富山営業所)を開設(10月1日)
昭和38年(1963年)5月故森田正作ほか20柱の物故者感謝合同慰霊祭を遺族、退職幹部社員および全国代理店参列のもとに、本社食堂において神式により執行(5月9日)
昭和38年(1963年)7月強化液消火器の型式取得〔強化液8.8ℓ(炭酸ガス加圧式、鉄製)〕し、8月より販売を開始
昭和38年(1963年)8月酸アルカリ消火器の型式取得〔酸アルカリ8.8ℓ(破びん式、鉄製)〕し、9月より販売を開始
昭和38年(1963年)11月数年前より多角経営の一端として研究中であった森田式クレーン車(半旋回型油圧式7トン吊トラッククレーン)を開発し、第1号車を大西運送店に納入。その後、油圧式全旋回8トン吊、10トン吊、16トン吊と次々開発
昭和39年(1964年)2月大阪市生野区腹見町2丁目33番地の本社内に大阪営業所(現 大阪支店)を開設(2月1日)
昭和40年(1965年)3月A.P.A(アメリカ陸軍調達局)向け化学消防自動車114台は、日本の産業界注視のうちにその生産目的を達成し納入を完了。内外に名声を高めた(3月12日)
昭和40年(1965年)6月梯子製缶工場を新設竣工(6月18日)
昭和40年(1965年)6月粉末消火器の型式取得〔粉末ABC1.3kg(炭酸ガス加圧式、鉄製)〕(6月22日)
昭和40年(1965年)9月国家検定合格の当社製消火器全てに賠償責任保険を付保して販売(9月1日)
昭和40年(1965年)9月電機工事用スノーケル車(10m、屈折式)の第1号車を山田電気工業(株)に納入(9月19日)
昭和41年(1966年)3月大阪市生野区の本社社屋が竣工(3月15日)
昭和41年(1966年)4月創業60周年並びに本社新社屋竣工記念祝賀パーティを本社にて開催。年史『60年のあゆみ』発行(4月23日)
昭和41年(1966年)6月三井物産(株)と家庭用消火器「ビーナス」の国内販売総代理店契約を締結し、10月よりテレビにてPR開始
昭和42年(1967年)7月大阪府東大阪市池島町1078番地(現在の大阪府東大阪市池島町8丁目1番45号)にトラッククレーン製作工場として、枚岡工場が竣工。同時に従来のクレーン工場を梯子組立工場とした(7月2日)
昭和43年(1968年)5月自動車用粉末(ABC)消火器の製造を開始
昭和44年(1969年)2月15mはしご付消防自動車を完成(2月21日)
昭和44年(1969年)4月カヤバ・モリタ直伸式スノーケルを開発し、警察庁に納入
昭和44年(1969年)-日本で初めての22m級スノーケル車(箱型)を日本航空(株)から受注し、ジャンボジェット機の清掃用の特殊作業車として使用される
昭和45年(1970年)1月松山市千舟町1丁目1番4号に松山出張所を開設(1月1日)
昭和45年(1970年)3月37mはしご付消防自動車(6連式)を開発し、第1号車を大阪市に納入
昭和45年(1970年)3月本社工場の生産性の向上を図るため、組立工場を本社工場内に新築(3月31日)
昭和45年(1970年)7月タイより水槽車230台の大口受注。その完納式を7月15日挙行
昭和45年(1970年)9月20mスノーケル車(箱型)を開発し、第1号車を青森県弘前市に納入
昭和45年(1970年)10月アメリカ・スノーケル社〔スノーケル・ファイア・イクイップメント・カンパニー(アメリカ)〕との技術提携により、東洋発の新機種スクアート車(屈折放水塔車)を完成させ、第1号車をタイに輸出(10月5日)
昭和46年(1971年)4月大阪市住吉区北加賀屋町3丁目5番地に(株)森田ポンプサービスセンターを設立(4月12日)
昭和46年(1971年)11月16mスノーケル車(箱型)を開発し、第1号車を愛知県津島市に納入
昭和46年(1971年)12月東洋一を誇る40mはしご付消防自動車を日本で初めて開発し、第1号車を横浜市に納入
昭和48年(1973年)5月株式を大阪証券取引所第二部に上場(5月1日)
昭和49年(1974年)7月タイより水槽車136台の大口受注、昭和50年4月出荷
昭和49年(1974年)10月アメリカ・シカゴ市に東洋一を誇る40mはしご付消防自動車を納入。対米輸出第1号となる
昭和49年(1974年)11月航空機の除雪および凍結防止作業を目的とした「ディアイシングカー」を開発し、第1号車を日本航空(株)に納入
昭和50年(1975年)4月広島出張所を開設
昭和50年(1975年)8月新鋭進路警戒船(エスコートボート)用の屈折式放水塔を開発し、第1号船を東京曳船(株)に納入(8月1日)
昭和50年(1975年)10月トルコより軽化学車40台受注、昭和51年6月出荷
昭和50年(1975年)12月「石油コンビナート等災害防止法」が12月17日に制定、昭和51年6月1日より実施される
昭和50年(1975年)12月電源照明車を開発し、第1号車を名古屋市消防局に納入(12月25日)
昭和51年(1976年)11月シンガポールにモリタシンガポールPTE.LTD.(MORITA SINGAPORE PTE.LTD.)を設立(昭和52年8月8日操業開始)
昭和52年(1977年)4月創業70周年記念式典を本社にて開催(4月23日) 宝塚大劇場にて社員とその家族を招待し歌劇を観劇。年史『70年のあゆみ』発行
昭和54年(1979年)1月インドネシアより空港用化学消防自動車68台の大口受注、昭和55年5月出荷
昭和54年(1979年)5月株式を東京証券取引所市場第二部に上場(5月24日)
昭和54年(1979年)5月フィリピンより4,000ℓタンク車92台受注、昭和55年1月出荷(5月31日)
昭和54年(1979年)6月イラクより給水車9,000ℓ(KB422)131台、散水車30台、環境衛生車等総計292台を受注、昭和54年12月出荷
昭和54年(1979年)8月滋賀県野洲郡野洲町大字南桜188番地3に滋賀倉庫を開設
昭和55年(1980年)4月株式が大阪証券取引所並びに東京証券取引所の市場第一部に指定替え上場される(4月1日)
昭和55年(1980年)9月フィリピンより24mはしご付消防自動車14台、16mブレークスクアート車13台、電源照明車5台、水槽車150台を含む各種消防自動車200台の大口受注、昭和56年3月から7月にかけて出荷
昭和55年(1980年)11月イラクより40mはしご付消防自動車8台を含む消防自動車208台の大口受注、昭和56年3月から7月にかけて出荷
昭和55年(1980年)11月空港用超大型化学消防自動車の改良・開発に成功し、第1号車を運輸省航空局福岡空港事務所に納入
昭和56年(1981年)3月45mはしご付消防自動車の第1号車を名古屋市に納入(3月12日)
昭和57年(1982年)2月イラクより45mはしご付消防自動車3台、軽化学車155台を含む消防自動車218台の大口受注、昭和57年11月出荷
昭和57年(1982年)6月イラクより環境衛生車の累計受注が1,500台突破
昭和57年(1982年)12月当社製品の新機種発表の製品展示会を本社工場内にて開催。新製品「バスケット付14mはしご消防自動車」を発表し、第1号車を宮城県岩沼市に納入。その他新製品「雪庇処理車」をはじめ当社全製品を展示。雪庇処理車の第1号車を中部地方建設局に納入
昭和58年(1983年)6月新製品「高性能化学消防自動車」を発表、第1号車を沖縄石油基地(株)に納入(6月8日)
昭和58年(1983年)8月空港用16m高所作業車を開発し、第1号車を全日本空輸(株)に納入
昭和58年(1983年)10月フィリピンより40mはしご付消防自動車5台、24mスノーケル車6台、23mスクアート車6台を含む消防自動車187台の大口受注、昭和59年5月出荷
昭和58年(1983年)11月小型高所作業者地上高4.4m「ミニマストバン」を開発し、電気通信工事用として販売を開始
昭和59年(1984年)6月初めての外債(スイス・フラン建転換社債)を発行(6月4日)
昭和60年(1985年)1月藤井眞一郎が六代社長に就任(1月30日)
昭和60年(1985年)4月独創的なジャイロ式はしご自動車傾斜矯正装置をはじめとし、各種の安全装置を装備した新世代のはしご付消防自動車「スーパージャイロラダーMLEX5-30」を開発し、大阪府八尾市の当社八尾モータープールにて発表展示会を開催(4月19日)
昭和60年(1985年)5月安心小窓がついた消火器「マドンナ」を発表し販売を開始(5月7日)
昭和61年(1986年)5月日昭産業(株)と業務販売提携に合意し、ガス系(炭酸ガス、ハロン)消火設備分野へ進出(5月22日)
昭和62年(1987年)4月創業80周年記念大運動会(滋賀県守山市:ユアサの木の浜スポーツランド)並びに記念パーティ(滋賀県大津市:びわ湖温泉「ホテル紅葉」)を開催。『80周年記念誌』発行(4月24日)
昭和62年(1987年)10月米貨建銀行保証付分離型新株式受権付社債を発行(10月20日)
平成元年(1989年)12月地球儀型消火器「ラ・テール10型P(La・Terre)」を発表(12月25日)
平成02年(1990年)1月50mはしご付消防自動車を開発し、第1号車を神戸市に納入
平成02年(1990年)1月地球儀型消火器「ラ・テール10型P(La・Terre)」の販売を開始
平成02年(1990年)4月新型ジェットポンプを搭載した小型ジェットボート「イーグル・ワン」を開発、マリーン事業分野へ進出
平成03年(1991年)3月新製品小型軽量タイプの住宅用粉末(ABC)消火器「消ちゃん」を発表
平成03年(1991年)4月「自動火災報知設備」の部門が誕生(4月1日)
平成03年(1991年)9月消防自動車専用シャシを開発、これを使用した「スーパージャイロラダー」MH型はしご付消防自動車を開発し、販売を開始。消防自動車で初めてグッドデザイン賞を受賞
平成04年(1992年)3月アメリカのシコルスキー社の消防・防災ヘリコプターを日本国内における代理店として販売を開始
平成04年(1992年)3月消防救助艇「ファイヤー&レスキューボート」を開発
平成04年(1992年)5月消火器を背負ったわらべ人形付消火器「防災太郎」を開発
平成04年(1992年)6月中国向け(ODA)として水槽車、はしご付消防自動車、重化学車等25台受注
平成04年(1992年)7月(株)森田ポンプサービスセンターがスクラップ処理機械、ごみ処理プラント等の製造・販売を手掛ける手塚興産(株)を買収
平成04年(1992年)9月千葉県市川市鬼高に東京支社関東営業所が完成し、1階にショールーム「サンポートTOKYO」を開設(9月9日)
平成05年(1993年)5月ユニークなフォルムで操作手順を音声で案内する、おしゃべり消火器「水星」を開発
平成05年(1993年)10月兵庫県三田市テクノパーク2番地の3に三田工場が竣工(10月20日)
平成06年(1994年)4月(株)森田ポンプサービスセンターを吸収合併(4月1日) リサイクル処理施設、ごみ処理施設等の環境事業分野へ進出。合併により千葉県船橋市小野田町1530番地に船橋工場を開設
平成06年(1994年)4月酒田出張所を開設
平成06年(1994年)6月エジプト向け(ODA)として軽化学車、はしご付消防自動車等30台受注
平成06年(1994年)11月三重県上野市佐那具町金神塚1700番地の2に上野工場が竣工。総合防災実験場を併設(11月10日)
平成07年(1995年)1月1月17日、阪神・淡路大震災発生
平成07年(1995年)4月防災セット「救太郎」の販売を開始
平成07年(1995年)5月海水利用型消防水利システム、大型動力ポンプ付消防車、ホース延長車並びにフロート・ジェットポンプを開発し、販売を開始
平成07年(1995年)5月海水淡水化装置付消防自動車「オアシスクレーネ」等震災対策車を開発
平成07年(1995年)5月震災で被災した大阪市南区築港3丁目1番19号の「サンポートOSAKA」を全面的に建替え。10月16日にショールームを併設し、商品化されたジェットボーおよび開発中のホームエレベーター等を展示
平成07年(1995年)8月北村光男が七代社長に就任(8月22日)
平成07年(1995年)9月薬剤の改良により消火能力の倍増を実現した高性能消火器「倍力くん」を発表
平成07年(1995年)10月オランダのハイドロダイン社とセラミックシリンダの販売代理店契約を締結
平成07年(1995年)12月「海水利用型消防水利システム」を開発し、神戸市に納入
平成08年(1996年)11月東京都板橋区「資源センター」へ、びん自動選別装置1号機を納入(11月15日)
平成08年(1996年)-森田特殊機工(株)製の生ごみ高速発酵処理機「バイオトップ」の販売を開始
平成09年(1997年)3月中国・北京市朝陽区新源南路2号崑崙飯店438号に「北京事務所」を開設(3月14日)
平成09年(1997年)4月ごみを新技術で圧縮減容、密封梱包する自動化システム「ラウンド・ベーリングプレス」の販売を開始
平成09年(1997年)4月森田ポンプ(株)から(株)モリタに商号変更。新ロゴマークを制定(4月1日)
平成09年(1997年)4月創業90周年記念式典をホテルニューオータニ大阪にて開催。広報誌『VISION創業90周年記念号』発行。モリタ労働組合結成50周年記念式典を開催(IMPホール)(4月11日)
平成09年(1997年)12月中国・北京市消防局および「中国科学器材進出口総公司」との「(株)モリタ消防設備北京技術サービス・センター」に関する技術合作契約を調印(12月5日)
平成10年(1998年)3月はしご本体に伸縮水路を装備した30m水路付はしご消防自動車「MLGSH4-30W」を開発し、第1号車を東京消防庁に納入
平成10年(1998年)3月三重中央開発(株)へエコロール1号機を納入(3月18日)
平成10年(1998年)6月6月4日~7日まで「自治体消防50周年記念 国際消防防災展'98 in東京」が東京ビッグサイト・国際展示場(有明)で開催され、はしご付消防自動車等を出展
平成11年(1999年)3月介護用入浴装置、ベッド等の販売を開始し、福祉事業分野へ進出
平成11年(1999年)6月(株)モリタエコノス 本社・本社工場がISO14001の認証を取得
平成11年(1999年)6月新村鋭男が八代社長に就任(6月29日)
平成11年(1999年)12月中国の上海華夏震旦消防設備有限公司と技術提携
平成11年(1999年)12月上野工場がISO9001の認証を取得(12月28日)
平成12年(2000年)2月はしごの先端部が90度まで屈折する4連30m先端屈折式はしご付消防自動車「MLJSH4-30」を開発し、第1号車を東京消防庁に納入
平成12年(2000年)3月大型化学車と大型高所放水車の機能を集約した省力型大型化学高所放水車を開発し、販売を開始
平成12年(2000年)4月油圧事業部門を(株)モリタ技研へ営業譲渡(4月1日)
平成12年(2000年)4月愛知県蒲郡市の大型プラント「蒲郡市リサイクルプラザ」を完成させ、引き渡し(4月4日)
平成12年(2000年)6月訪問入浴車「湯の香07型」を開発、福祉機器業界へ参入
平成12年(2000年)10月(株)オージス総研と共同開発した車載式画像伝送システム「ライブキャッチ」の販売を開始
平成13年(2001年)1月東京都港区西新橋3丁目25番31号所在のオフィスビルを取得し、東京支社を東京都千代田区外神田2丁目3番11号から移転(1月15日)
平成13年(2001年)2月(株)モリタエコノスが中国・南京晨光航天応用技術有限公司との合弁会社「南京晨光森田環保科技有限公司」を設立
平成13年(2001年)4月新型3,000ℓの高速空港用化学消防自動車「MAF-30A」を開発し、販売を開始
平成13年(2001年)6月消火薬剤回収機「パウダーキュー」を開発し、販売を開始
平成13年(2001年)7月大阪本社・東京本社の二本社制を導入(7月1日)
平成13年(2001年)8月宮田工業(株)と資本業務提携契約を締結
平成13年(2001年)10月(株)モリタエコノスを吸収合併し、エコノス事業本部を設置。衛生車(バキューム車)、塵芥車等の環境保全車輌事業へ進出(10月1日)
平成13年(2001年)12月環境事業本部がISO9001の認証を取得(12月14日)
平成14年(2002年)4月(株)モリタテクノス〔旧社名(株)近畿モリタ〕、(株)南関東モリタ、オート電子(株)の3社が合併。(株)モリタテクノスが存続会社、他の2社は消滅会社となる(4月2日)
平成14年(2002年)4月ERPシステム(統合業務システム)を導入し、本格的に運用開始(4月8日)
平成14年(2002年)5月新潟オートリサイクルへ廃車プレス(50PAL)の1号機を納入(5月31日)
平成14年(2002年)7月消防車と救急車の機能を併せ持つ世界初の新型車輌(試作車)「消救車FFA-001」の発表記者会見を実施(7月22日)
平成14年(2002年)10月期限切れ消火器薬剤を肥料原料として再利用するための商品化に成功。農林水産省より肥料取締法に基づく肥料登録の認可を取得(10月10日)
平成15年(2003年)1月e-モニタ(ポンプ操作表示装置)搭載の消防自動車を開発し、販売を開始
平成15年(2003年)1月空港用大型化学消防自動車11台を台湾へ輸出(1月18日)
平成15年(2003年)2月消火効率を水の8倍まで高めたキャフス装置(Cafsper 8)搭載の消防自動車の販売を開始
平成15年(2003年)3月先端屈折式30mはしご付消防自動車(バスケット・リフター付)「MLJSH5-30S」を開発し、第1号車を青森県三沢市消防本部に納入(3月28日)
平成15年(2003年)7月ベトナム・ハノイ市廃棄物管理機材整備計画プロジェクトから塵芥車45台を受注
平成15年(2003年)10月会社分割により、衛生車、塵芥車等の環境保全車両の製造・販売に特化した(株)モリタエコノスを新設(10月1日)
平成16年(2004年)2月(株)モリタテクノスがISO9001 復活、変更、拡大認証取得
平成16年(2004年)3月ポンプ事業本部がISO9001の認証を取得(3月19日)
平成16年(2004年)4月デザインを一新した消防車専用シャシ「MH II MAX.」を開発し、販売を開始
平成16年(2004年)4月次世代のCD-I型ポンプ車として「CD-I α」を開発し、販売を開始
平成16年(2004年)9月(株)モリタ全社〔(株)モリタエコノス 本社・本社工場を含む〕がISO9001の認証を取得(9月29日)
平成16年(2004年)11月次世代のはしご車(30m高性能はしご付消防自動車)の試作車が完成し、台湾において開催されたIFCAA(アジア消防長協会)の展示会に出展(11月17日)
平成16年(2004年)12月世界初の「消救車FFA」第1号車を千葉県松戸市に納入記者発表(12月28日)
平成17年(2005年)1月消防車と救急車を合体した「消救車」の第1号車を千葉県松戸市に納入
平成17年(2005年)1月再生消火薬剤の再利用による消火器「エコビーナス」が誕生
平成17年(2005年)1月中国・四川消防機械総廠へ資本参加の契約調印(1月14日)
平成17年(2005年)3月イラク復興支援で環境車輌102台を受注(3月25日)
平成17年(2005年)3月新英金属(株)へ1800AK型ギロチンプレス(防振装置付)を納入(3月31日)
平成17年(2005年)4月イタリア・チネッティ社と消防自動車のOEM契約を締結(4月12日)
平成17年(2005年)7月非常持出袋セット(オシャレなオリジナルリュックサックタイプ)の販売を開始(7月1日)
平成17年(2005年)7月国内最大級の3,500馬力大型鉄くずシュレッダ(TH-3500)の1号機を産業振興(株)に納入(7月1日)
平成17年(2005年)10月滋賀県警と共同で「爆発抑制泡弾」を開発。改良を加え「消救弾」としてフラスコ型を平成18年1月、ボール型を同年3月にそれぞれ発売
平成17年(2005年)12月「防犯ブザー・消救車FFA」の販売を開始
平成18年(2006年)3月特殊災害対応自動車(テロ対策用車両)を開発し、第1号車をさいたま市へ納入
平成18年(2006年)3月30m新型高性能はしご付消防自動車「MLK4-30」の第1号車をベトナムに納入(3月15日)
平成18年(2006年)3月FRP(ガラス繊維補強樹脂)ボディの軽化学車4台が完成し、ベトナムのハノイ市に納入(3月21日)
平成18年(2006年)4月従来の本社工場を「一般車工場」、三田工場を「特装車工場」と呼称変更(4月1日)
平成18年(2006年)6月中島正博が九代社長に就任(6月29日)
平成18年(2006年)8月住宅用火災警報器の販売を開始(8月2日)
平成18年(2006年)9月廃棄物処理法に基づく廃消火器、廃薬剤の広域認定制度の認定事業者として認められる(9月1日)
平成18年(2006年)9月廃消火器回収システム「サークル・モリタ・エコ」の運用を開始
平成18年(2006年)9月特装車工場の特装車部門がISO14001の認証を取得(9月15日)
平成18年(2006年)9月香港に中国向け販売会社(合弁会社)、康鴻森田(香港)有限公司を設立(9月23日)
平成18年(2006年)11月イタリア・SGM社との非鉄選別機および電気誘導選別機の日本国内での製造・販売について契約を締結(11月13日)
平成18年(2006年)12月ドイツ・マギルス社と販売提携契約を締結(12月13日)
平成19年(2007年)1月天ぷら火災に最適な一般家庭用消火具「消火フラワー」を開発し、販売を開始(1月10日)
平成19年(2007年)4月創業100周年記念式典を一般車工場食堂にて開催(4月17日)
平成19年(2007年)5月日本国内でのイタリアSGM社製非鉄選別機の機器製造・販売を開始
平成19年(2007年)7月新型消防ポンプ自動車「Miracle CAFS Car」を開発し、販売を開始。一般車工場で記者発表(7月19日)
平成19年(2007年)8月遺体腐敗遅延腐敗臭抑制袋を開発・発表(8月30日)
平成19年(2007年)10月はしご付消防自動車の梯子の制振制御装置を開発し、販売を開始(10月23日)
平成19年(2007年)11月会社分割により事業を分社して、平成20年10月に持株会社制へ移行することを決議(11月16日)
平成19年(2007年)11月モリタ、北海道大学、(株)リープスが共同で「筋肉補助装置スマートスーツ」を開発・発表(11月22日)
平成19年(2007年)11月石油コンビナート向け大容量泡放射システムを開発し、販売を開始(11月28日)
平成20年(2008年)1月多機能型消防自動車「REDSEAGULL」を開発し、第1号車を東京都八王子市消防団に納入(1月11日)
平成20年(2008年)3月船橋工場 環境事業部門がISO14001を認証取得(3月14日)
平成20年(2008年)3月消防車と救急車を合体した「消救車」の後部搬出入型 第1号車を青森県むつ市に納入(3月21日)
平成20年(2008年)4月ベトナム・フンエン県に合弁会社モリタベトナムが設立許可される
平成20年(2008年)4月三田新工場が稼働。一般車工場(大阪市生野区)と(株)モリタテクノスのアフターサービス部門が兵庫県三田市に移転し、既存の特装車工場とともに新たに建設した三田工場に集結。消防車の生産とアフターサービスの一貫した拠点としてスタート
平成20年(2008年)5月ベトナムに合弁会社「モリタベトナム」を設立
平成20年(2008年)5月新工場披露をかねた創業101周年記念式典を三田工場にて開催。『創業101周年記念誌』発行
平成20年(2008年)6月新型強力吸引作業車「RBX42型パワフルマスター」を開発し、販売を開始
平成20年(2008年)9月鉄スクラップ処理機械の「リモートメンテナンスシステム」を構築
平成20年(2008年)9月大型スクラップ用切断処理機「1250HAK型ギロチンプレス」を開発し、販売を開始
平成20年(2008年)10月モリタグループ「新コーポレートシンボルマーク」をグローバル展開
平成20年(2008年)10月会社分社化によって持ち株会社制へ移行し、株式会社モリタの商号を「株式会社モリタホールディングス」に変更。ポンプ事業部門は「株式会社モリタ」、防災事業部門は「株式会社モリタ防災テック」、環境事業部門は「株式会社モリタ環境テック」として新設会社に継承。
平成20年(2008年)12月(株)モリタテクノス三田工場 整備部門がISO14001機能組織に参加 認証範囲を拡大取得
平成21年(2009年)5月兵庫県三田市より「三田市ふるさと企業賞」受賞
平成21年(2009年)5月宮田工業株式会社の完全子会社化に関する株式交換契約締結
平成21年(2009年)11月スクラップ切断処理機「エコロジーギロ」、スクラッププレス「35PAL型」を開発し、販売を開始
平成21年(2009年)12月(株)モリタ三田工場 生産本部全体がISO14001の認証範囲を拡大取得
平成22年(2010年)2月消防訓練用起泡剤「CAFS用トレーニングフォーム」を開発し、販売を開始
平成22年(2010年)4月ドイツ・ライプチヒで開催の世界最大級防災展へ林野火災用消防車のコンセプトカーを出展
平成22年(2010年)4月古い消火器の回収費用の一部を世界の森林再生機構へ寄付する活動「エコウータン募金」を開始
平成22年(2010年)5月はしごの軽量化と最新式の制御装置を搭載したはしご車を開発し、販売を開始
平成22年(2010年)6月株式会社ミヤタサイクルを設立
平成22年(2010年)6月合弁会社モリタベトナムで「CAFS機能付消防ポンプ車」を製造し、販売を開始
平成22年(2010年)8月CAFS装置を株式会社吉谷機械製作所へOEM供給発表
平成22年(2010年)9月消防隊員の安全を守る放水ノズル「ECO Fighter エコファイター」を北九州市立大学と共同開発
平成22年(2010年)10月エコパネル式バキュームカー「EP-2」を開発し、販売を開始
平成22年(2010年)11月新型強力吸引作業車「RBX50型パワフルマスター」を開発し、販売を開始
平成22年(2010年)12月上海金盾特種車輌装備有限公司への資本参加(孫会社化)
平成23年(2011年)2月塵芥車 延焼抑制装置「燃延(もえん)くん」を開発
平成23年(2011年)5月住宅用下方放出型消火装置「スプリネックス ミニ」を開発
平成23年(2011年)7月「林野火災用消防車 コンセプトカー」2011年度IDEA賞“金賞”を受賞
平成23年(2011年)9月アルミ製蓄圧式粉末消火器 「ALTESIMO アルテシモ」 の販売を開始
平成23年(2011年)11月「林野火災用消防車 コンセプトカー」2011年度レッドドット・デザイン賞 “ベスト・オブ・ザ・ベスト”を受賞
平成24年(2012年)1月高級スポーツ車市場へ再参入。MIYATA独自のSSTBクロモリ鋼製ロードバイク「The miyata」、自転車職人の技術を結集したバイクオーバーホール「MIYATA WORKS」の販売を開始
平成24年(2012年)2月防災ずきん&クッション「愛119 (あい いち いち きゅう)」の販売を開始
平成24年(2012年)4月ベトナムにおける合弁を解消
平成24年(2012年)7月世界最軽量6.54kgスチール製ロードバイク「Elevation Extreme」の販売を開始
平成24年(2012年)10月モリタホールディングスと慶應義塾大学、ダイヤ工業の共同開発による腰部サポートウェア「rakunie ラクニエ」の販売を開始
平成24年(2012年)10月腰部サポートウェア「rakunie ラクニエ」2012年度グッドデザイン賞を受賞
平成25年(2013年)4月海水・淡水ともに対応可能なA火災用泡消火薬剤「ミラクルフォームα+(PLUS)」を開発し、販売を開始
平成25年(2013年)5月大阪本社を大阪市中央区道修町3丁目6番地1号に移転
平成25年(2013年)6月日本一の高さを誇る54mはしご付消防自動車を開発し、販売を開始
平成25年(2013年)10月モリタオリジナル 先端屈折式はしご付消防車スーパージャイロラダー スケールモデル(1/32サイズ) 販売開始
平成25年(2013年)10月東京国際消防防災展2013に出展。13mブーム付多目的消防ポンプ自動車MVFの販売を開始
平成26年(2014年)1月アルミ製蓄圧式粉末消火器 「ALTESIMO アルテシモ」新ラインナップの販売を開始
平成26年(2014年)6月回転式塵芥収集車「パックマスター」、強力吸引車「パワフルマスター」、高圧洗浄車「ハイプレクリーナー」の3機種をフルモデルチェンジし、販売を開始
平成26年(2014年)7月株式会社モリタ防災テックと宮田工業株式会社を合併し、商号をモリタ宮田工業株式会社に改称
平成26年(2014年)9月窒素富化空気(NEA)システムを開発。これを搭載した「Miracle N7」第1号車を納入
平成26年(2014年)9月着るだけで、腰の負担が軽くなる女性のための腰サポートインナー「calena(カレナ)」を開発
平成26年(2014年)10月「13mブーム付多目的消防ポンプ自動車 MVF13」と「回転式塵芥収集車 パックマスター7系」、2014年度グッドデザイン賞を受賞
平成26年(2014年)12月火災弱者(高齢者等)を火災から守るために最適な住宅用自動消火装置「スプリネックス ミニ」を茅ヶ崎市と共同開発
平成27年(2015年)4月水を使用せず、防消火をおこなう近未来型消防車コンセプトモデル「Habot-mini(ハボット ミニ)」が誕生
平成27年(2015年)5月「回転式電動塵芥収集車 E-SVN(イー・セブン)」を開発
平成27年(2015年)6月尾形和美が十代社長に就任(6月26日)
平成27年(2015年)6月クラリオンと消防車両向け360°全周囲安全確認カメラシステム「アドバンスモニタ AMシリーズ」を共同開発
平成27年(2015年)12月腰部サポートウェア「rakunie ラクニエ」新モデルの販売を開始
平成27年(2015年)12月「ハイブリッドギロチンプレス®」の販売を開始
平成28年(2016年)1月BRONTO SKYLIFT OY ABを完全子会社化
平成28年(2016年)2月「Habot-mini(ハボット ミニ)」、2016年度「iFデザイン賞」を受賞
平成28年(2016年)3月水平積込型コンテナローダ「ACCULOADER アキュローダ」の販売を開始
平成28年(2016年)3月回転式塵芥収集車Pack Master Series「小型ワイド車・中型車」をフルモデルチェンジ
平成28年(2016年)4月パッケージ型自動消火設備Ⅱ型「スプリネックス ミニ」の販売を開始
平成28年(2016年)7月さらなる軽量化を実現したアルミ製蓄圧式消火器「アルテシモⅡ」の販売を開始
平成28年(2016年)10月「Habot-mini(ハボット ミニ)」、「German Design Award 2017(ドイツデザイン賞)」にて「Winner賞」を受賞
平成28年(2016年)11月「モリタグループ ダイバーシティシンボルマーク」制定
平成28年(2016年)11月「13mブーム付多目的消防ポンプ自動車 MVF」、「第18回JIDAデザインミュージアムセレクション」に選定
平成28年(2016年)12月「大阪市女性活躍リーディングカンパニー」を認証取得
平成28年(2016年)12月「プレス式塵芥収集車 Press Master(プレスマスター)」の販売を開始
平成28年(2016年)12月モリタ「企業連携消防団」を結成。兵庫県が消防団の加入促進を目指して設けたモデル事業「企業連携消防団」兵庫県第1号として任命
平成28年(2016年)12月傾斜式コンテナチルタ「Quick Tilter TumuZo(クイックチルタ ツムゾー)」の販売を開始
平成29年(2017年)1月パッケージ型自動消火設備Ⅰ型「スプリネックス ミドル」の販売を開始
平成29年(2017年)1月「プレス式塵芥収集車 Press Master (プレスマスター)」、2017年度「iFデザイン賞」を受賞